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第1話A

 

 

 

 

 別荘の中から起こる悲鳴。しかしそれを聞く者は外にはいない。何故ならその別荘は、男が少女を誘拐する時の為に周到に準備しておいた僻地にあるからだ。山間部、虫の声、伸びた雑草が風に擦れる音。近くに明かりらしきものもない。ここに辿り着くまでには険しい山道が続く。軽自動車でなんとか通り抜けられる程度の、土がむき出しとなった山道。
 そんな環境の中にしてはこの別荘は比較的新しい建物に見えた。木造だが、その壁ははっきりと生きている。周囲の環境からは浮いてすらいる。まるで、この土地に進んで新しく別荘を建てたかのように。
 そんな別荘から聞こえた悲鳴の主。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男は手に刃物を持っていた。そして私の腹部を3回刺した。けれど抵抗はそれっぽっちのものだった。
 全く、わざわざこんな別荘まで建てて少女を誘拐しようとした男が、こんなにあっけなく死ぬなんて、少し拍子抜けすらしている。

 私は男を殺した。

 キッチン。
 服を剥かれ、裸の私は男を見下ろす。下心丸出しの男は別荘に着くや否や私の服を脱がせにかかってきた。裸になった私を見て、男は色々な言葉を零していたし、手に持っていた刃物からは明らかに注意と力が抜けていた。
 だから本当にあっけない最期だった。
 私の腹に縦長く空いた傷口は少し痛む。血はだらだらと私の鼠径部やひざの裏を伝っている。けれどそんな事は大した問題ではなかった。
 3週間ぶりだ。長かった。特に、この1週間は。この男が夜道を歩く私を観察している事は知っていたから我慢していたのに、なかなか実行に移さなくて焦らされている気分だった。実際、突然車に詰められた時は笑い声が出そうになるのを必死に抑えていたくらいだ。
 素足に生温かい血溜まりが侵略してくる。私から流れ出た血と男から流れ出た血が混ざり始める。広がる血溜まりの中で息絶えゆく人間を見るだけで、身体が反射的に唾液を分泌させる。空腹中枢に電気が走る。疲れているわけでもないのに呼吸が荒くなる。
 私は男の着る服のボタンを1つずつ外す。ズボンも全て。そして血を含んで重みを増したそれらを畳んで横に置く。いつもやっている事、いわばルーティンのようなものだった。服を畳む間にも口の隙間から溢れ出る唾液は気付いたら鎖骨の辺りまで垂れていた。
 やっと畳み終わった。
 手を合わせる事も、いただきますを言う事もない。

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 気が付くと私は、男の血で一杯になっていた。男は大半の骨が剥き出しで、その肉は大体"私の中"にいる。時間も忘れる程夢中になったのは久しぶりだ。こんな山奥だからこそ安心して出来た。満たされた。満足だ。手を合わせる。
 血だらけのまま私は冷蔵庫を開けた。中にはいくつかの食材が入っている。私は豆腐を取り出した。男の持っていたのとはまた別の、新品の包丁を見つけた私はパックの薄いビニールの端に包丁を指し、コの字に切れ込みを入れる。包丁を置いて、手で押さえながらひっくり返して水を切る。そのまま皿に乗せ、冷蔵庫に入っていた醤油とネギ、しょうがを添える。
 散らかった男の亡骸の横で、私はテーブルに座って口直しをする。力を入れずとも箸で勝手に切れていく冷奴。口の中に広がる優しい味が血と肉のねっとりとした匂いを掻き消す。落ち着いてきた欲をなだめてくれる。
 今回は服を脱がされてた分、服がダメにならずに済んだのはラッキーだ。新しい服を探す必要もない。とりあえずこれを食べ終えたらシャワーでも浴びよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「和希(かずき)最近さ、この辺り警察めっちゃいない?」
「ああ、あれでしょ。えっと、あれ」
「いやあれじゃ分かんないから」
 夕方、制服姿の少年2人が町を歩いていた。手には先程コンビニで買ったお菓子とジュースの詰まったビニール袋が下がる。

 和希と呼ばれた少年は思い出したかのように少しだけ大きな声で、あーそうそう、と言った。
「確かここら辺でちょいちょい事件が起きてるんだよ。確か殺人とかじゃなかったっけ」
「えっまじで?」

「普通にニュースになってるよ。結構エグい事になってんだってさ」

「まじか……さすが都会って感じだわ」
「いや、まあ都会っちゃ都会だけどここ、結構外れの方だから……」
 大通りを歩く少年達には、横切る細い路地裏の存在など普段は目に入る事はない。
 しかし和希は、会話しながら顔を横に向けた瞬間ふと、その視界に路地裏が映り込んだ。映り込んでしまった。
 路地裏の中からこちらを見つめる少女の姿が。
「いやいやここ都心から少し距離はあるけど店とかめっちゃあるじゃん、栄えてるじゃん? 少なくとも――って、おい、和希」
「ん……ああ?」
「いや、ああじゃなくて。明らかに意識飛んでた顔してたけど」
「いや別に……ちょっとなんか思い出しそうで思い出せない事があった」
「なんだよそれ」
 和希はそう言いながら、先程その目に一瞬だけ、一瞬よりも短かったかもしれないくらいの刹那、映った少女の姿が焼き付いていくのを感じた。もの凄く気になったが、友人の前で路地裏を見たいなんて事を言う気にも説明する気にもなれず、いつも通り帰っていった。

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第1話B
第2話A

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